大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)1068号 判決

上告人

石井博

右訴訟代理人

三森淳

安藤順一郎

被上告人

大内志ず江

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人三森淳、同安藤順一郎の上告理由第一点について

主位的請求を棄却し予備的請求を認容した第一審判決に対し、第一審被告のみが控訴し、第一審原告が控訴も附帯控訴もしない場合には、主位的請求に対する第一審の判断の当否は控訴審の審判の対象となるものではないと解するのが相当であるから、これと同旨の見解を前提とする原判決は正当であり、また、記録にあらわれた本件訴訟の経過に徴すれば、原審が所論の点について釈明権を行使しなかつたとしても審理不尽等所論の違法があるとは認められない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を論難するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することはできない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認できないものではなく、原判決に所論の違法があるとはいえない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審において主張しない事実を前提として原判決の不当をいうものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(伊藤正己 横井大三 木戸口久治 安岡滿彦)

上告代理人三森淳、同安藤順一郎の上告理由

原判決は、上告人の主張事実につき判断せず、且つ又、民法七〇三条の解釈適用を誤り、判断を要すべき事実につき審理を尽くさず、それらの点につき合理的な理由を示さなかつた点に法令違反、並びに、審理不尽、理由不備の違法があるから、民事訴訟法三九四条及び三九五条一項六号により破毀を免れない。

第一、原判決の弁論主義違反と審理不尽、理由不備について

一、第一審において認容された請求債権金二一一万円に関する上告人の第一審における主張事実は左の通りである(第一審判決事実摘示)。

1 (貸金又は立替金)

(一) 訴外石井弘子(昭和五〇年七月二七日以前と離婚判決確定の同五五年六月七日以降は大内弘子、以下略)は昭和五〇年七月一一日頃、代理権限なしに上告人の代理人として被上告人に対し、金二一一万円を貸付けた。

(二) 又は、石井弘子はその頃代理権限なしに上告人の代理人として、被上告人から被上告人が川口市内で所有経営しているスナック「紋」の店舗改装費金二一一万円を上告人が立替払いすることを委託され、同弘子が上告人から保管を託されていた金三〇〇万円の預金及び現金一〇〇万円の中から、金二一一万円を立替えて請負業者に支払つた。

(三) 上告人は同年七月二五日頃石井弘子と話合つた際同人の無権代理行為を知り、その後弘子の無権代理行為を追認して被上告人に対し金二一一万円の返還を催告した。

(四) 従つて、被上告人は右消費貸借契約又は立替契約の本人たる上告人に対し右契約上の債務を負担した。

2 (債権者代位)

仮に、石井弘子が本人として被上告人との間で前記消費貸借又は立替契約をしたものとすれば、石井弘子は上告人に無断で上告人から保管を託されていた前記預金及び現金を前記工事代金二一一万円の支払いに充て費消したのであるから、同弘子の同行為は民法七〇九条の不法行為に該当し、同人は上告人に対しその損害金二一一万円の賠償債務を負担しているところ、同人は無資力であるから、上告人は同人に代位して同人の被上告人に対する貸金又は立替金の支払いを求める。

3 (不当利得)

仮に、右、1、2の主張とも認められないとすれば、被上告人は前記工事代金二一一万円の上告人の所持金による事実人の支払いにより同工事代金債務を免れて同額の利益を得、上告人は同額の損失を被つたことになる。従つて、被上告人は上告人に対し同額の不当利得返還債務を負担した。

尚、上告人は右金二一一万円の請求については第一審において全部勝訴し、これとは別個の金四〇万円の不法行為による損害賠償請求については同審で敗訴したが、その敗訴部分について不服ではあつたが、妥協する積りで控訴も附帯控訴もしなかつたから、同敗訴部分の判決は確定している。

二、而して、被上告人のみが第一審の上告人勝訴判決部分につき控訴し、貸金等請求控訴事件として金二一一万円の請求を認容した第一審判決の取消を求め、上告人は控訴棄却の判決を求め、且つ、昭和五六年一月二一日の第二回口頭弁論期日において、上告人の主張、立証は被上告人の控訴部分について第一審判決の事実摘示の通りであるとして第一審の口頭弁論の結果を陳述した(原審第二回口頭弁論調書)。

原判決の事実摘示自体、その冒頭において「当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する」として、上告人が原審においても第一審において全部勝訴した金二一一万円の請求の原因である前項の(貸金又は立替金)(債権者代位)及び(不当利得)の主位的請求原因一つと予備的請求原因二つを主張し、これを維持していることを自認している。更に、上告人は昭和五六年七月一五日の原審第五回口頭弁論期日においてその同年六月三日付準備書面の第一、第三、第四を陳述し(同弁論調書)、その第一の冒頭において「上告人の主張、立証は第一審判決事実摘示の通りである」旨繰返し主張し、その第四の二、三行目においても「上告人の金銭貸借、又は、立替払の請求原因事実も充分に認めらるべきである」旨主張し、主位的請求原因事実を三回に亘り陳述した。従つて、民事訴訟法一八六条、一九一条一項2、3号の弁論主義の趣旨から判断しても、原審が前項の上告人の三つの主張事実全部につき順次判断を示し、その理由説示をなすべきは理は当然であつた。

三、然るに、原審は原判決事実摘示の第二節の後半( )内において、上告人がその主張を認められなかつた第一審の(貸金又は立替金)及び(債権者代位)の請求原因につき、これを恣に敗訴として事実を整理し、上告人がこの敗訴部分につき控訴又は附帯控訴の申立をしていないので、この部分に関する上告人の主張の当否は原審の審判の対象にならないと判断した。そして前項の通り繰返し審判を求めた上告人の主張をその儘口頭弁論において陳述させて置き乍ら、何等の釈明を命ずることなくその主張はなかつたこととし、審判を求めている事項につき抜打的に判断を示さず、被上告人の争つた不当利得の請求原因のみについて判断した。

併し乍ら、勝訴か敗訴かは請求の趣旨が認められたか否かのみによつて判断すべきであるから、上告人は金二一一万円の請求については、主位的請求原因が認められたのか、予備的請求原因が認められたのかの如何に拘らず、第一審において全部勝訴したものであることは明らかである。そして上告人の全部勝訴である限りは、上告人において、主位的主張又は他の予備的主張が排斥された判決の理由に如何に不満があつても、控訴審において請求を拡張する必要がある等の請求の趣旨における具体的な控訴の利益のある場合の外は、控訴を提起することは違法であつて許されないものである(大審院明治四二年六月二四日判決、民録一五〜六一四、民抄三七〜八三八〇、同大正元年一〇月三日判決、民録一八〜七八〇、民抄四五〜一〇三五一、評論一民訴一七一、同大正七年七月四日判決、民録二四〜一三五〇、民抄七九〜一八四一八、評論七民訴二九八、判例総覧民訴法四三三七頁以下、最高裁判例解説昭和三二年度二七六頁、兼子一民訴法体系四四〇・四四七頁、条解Ⅲ二一四頁外、ドイツの通説、御庁昭和五四年一一月一六日二小法廷判決、判例時報九五三号六一頁解説、同五四年三月一六日二小法廷判決、判例タイムズ三八六号八九頁解説、大塚喜一郎裁判官の少数意見御参照)。従つて、上告人が被上告人の控訴の棄却を求め、金二一一万円の請求の趣旨に対応する請求原因を第一審同様総べて維持し、陳述しているにも拘らず、違法な控訴又は附帯控訴をしなかつたという理由で原審が被上告人の主張する唯一つの不当利得の争点のみにつき判断するのみで、上告人の他の主張に対して何等の判断を示さなかつたのは弁論主義(民事訴訟法一八六条、一九一条一項二、三号、三九四条)違反であり、その違反は明らかに判決に影響を及ぼすものである。

四、民事控訴審は事実審であり、第一審の継続審であつて、上告審が法律審であるのとは異なる。そして或る予備的請求が控訴審で認められたその被請求人が申立てた上告の上告審において、被上告人が上告又は附帯上告をしない場合、上告審が法律審なるが故に主たる請求は上告審理の対象とはならないというのが前項所掲の御庁昭和五四年の二つの判例の趣旨であり、これは学界の通説でもある。然し、この場合主たる請求も上告審理の対象とすべきであるとする大塚裁判官の少数意見がある程であり(尚、小室教授、大阪市大法学雑誌一六巻二・三・四号一三二頁「上告審における調査、判断の範囲」の同旨)、況んや事実審たる原審控訴審においては、不当利得の予備的請求が第一審で認められたのに対して被上告人が控訴を申立てた場合、上告人が違法な控訴、又は附帯控訴を敢てしなくても、主たる請求又はその他の予備的請求が審理の対象となるべきは蓋し当然のことであり、学説上も異論はないというべきである。

五、仮に原審が、上告人の金二一一万円の請求の趣旨を裏付ける不当利得以外の請求原因につき、上告人が審判を求めるためには控訴又は附帯控訴を要すると解したとしても、当然その反対の見解の存在も予想されるのみならず、上告人が原審において第一審における総ての主張を維持、陳述し、これに対する原審の判断を求めていたことは前第一、二項記述の通り明白だつたのであるから、原審はよろしくこの点につき附帯控訴するか否かの釈明を命じるべきだつたのである。そして、現に手続に現われて第一審において審理の対象となつた主張を正当になし得るための附帯控訴の手続さえすれば勝訴するかも知れない当事者が、附帯控訴を要件と解する裁判所の真意が分らない儘、正しい土俵の外に居るのに気附かず、正当に戦わずしてみすみす敗訴することのないよう、適切な後見的協力の義務を果たすべきだつたのである。民事訴訟法は実体的真実主義とこれに基く裁判を実現するために古典的な弁論主義に対する重要な修正を施し、正義の名において、当事者に対する裁判所の釈明権による後見的な役割が充分果されることを要請している(同法一二七条、一三一条)。釈明権は裁判所の権限であると同時に義務でもある(御庁昭和二八年一一月二〇日、同三四年六月二五日、同三九年六月二六日二小法廷、同四六年六月一六日二小法廷各判決、判例時報三七八号二〇頁、六三五号一一二頁)。

六、にも拘らず、原審は敢えてこの挙に出でず、上告人が明らかに判断を求めている(貸金又は立替金)と(債権者代位)の主張を恣に抜打的に上告人の事実摘示から何等の釈明義務を果たすことなく除外してこれを審理せず、これに対する判断を示さなかつた。これは審理不尽、理由不備というべきであるから、民事訴訟法三九五条一項六号の絶対的上告理由に該るものとして原判決は破毀を免れない(御庁昭和五四年二月一五日一小法廷破棄差戻判決、判例タイムズ三九四号六四頁、判例時報九二三号七八頁、金融商事判例五七七号四一頁、判例タイムズ四一一号二七六頁、畑郁夫判事解説)。請求の基礎を同じくするものである以上は、要件事実を異にする準消費貸借に基づく金銭支払いの請求の主張がなくても、金銭消費貸借の主張に対して準消費貸借の主張として請求を認容すること(御庁昭和四一年一〇月六日一小法廷判決)も融通手形の主張に対して主張のない見せ手形と認定すること(御庁昭和四三年四月二三日三小法廷判決)も可能であり、何れも弁論主義に違反しない(判例時報四七三号三一頁、五二一号八一頁)。賃貸借契約解除を理由とする賃料相当損害金の支払請求に対して、同解除を認めず、主張のない履行期の到来した賃料の支払いを命ずる判決は新訴訟物理論の立場からも是認される(判例時報六〇六号六一頁、民事訴訟法、法律学全集一〇二頁、八八頁、御庁昭和三四年九月二二日判決、民集一三巻一四五一頁、兼子一、判例民事法昭和一〇年六一号事件)。況んや請求の基礎を同じくし、上告人の事実審において第一審以来終始主張していた(貸金又は立替金)と(債権者代位)の主張においておやである。

第二、原判決の民法七〇三条の解釈適用の誤りと審理不尽、理由不備について〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例